平成26年2月以降、中津の近隣住民、一般市民・弁護士・建築士・学者の先生方の多大なご支援を頂きながら続けてきた中津高架下訴訟は、行政寄りの裁判官を忌避するなど、5年間に渡り、シビアな攻防を続けてきましたが、去る3月13日、実質的な和解協議に基づき、訴え取り下げで終了したので、ご報告します。
中津高架下は、大阪市が昭和7年に国道176号線の中津・十三間に淀川を架橋する中津高架橋を建設したと同時に、阪急中津駅付近から淀川手前までの約700mのエリアに設けた道路高架下としては日本最大規模の高架下です。 この訴訟は、大阪市が耐震補強等工事にかこつけて、原告らを含む高架下の道路占用者らに対し、高架下建物の解体と明渡を求めたのに対し、丸甲倉庫等の道路占有者有志が、中津高架下の独自な環境を守るべく、高架下環境を保持できるような方法での耐震補強工事を要望し、大阪市との間で続けていたものです。 そもそも、この高架下は、大阪市が中津高架橋を建設した際、広大な高架下空間の有効活用を図るという、当時としては非常にユニークな発想に基づき、商店等を誘致して、丸甲倉庫、相愛ホーロー等の事業者を入居させ、平成26年に至るまで、これらの事業者の後継者が占用を継続してきた経緯があります。 中津高架下は、巨大な橋梁がむき出しになった広大な空間に、薄暗い照明が醸し出す硬質で解放感ある独自の雰囲気で知られ、「野獣刑事」「部長刑事」「化身」など、数々の映画やドラマのロケに用いられるなど、知る人ぞ知る撮影スポットでもありました。訴訟開始以降の時期にも、藤原紀香、小栗旬ら、著名な映画俳優がロケに訪れています。 中津高架下の道路占用者である原告らは、このような中津高架下の環境を維持・管理し、イベントを開催するなどして、発展させてきたもので、近年では、お洒落なレストランとアンティークショップの穴場としても人気があり、多くの雑誌でも紹介されていました。 こうした歴史的な経緯と価値を無視し、突然の明渡を求めてきた大阪市の動きに対し、原告は、平成26年2月17日に行政訴訟(道路占用不許可処分の取消、許可の義務付)を提起し、その後、大阪市から占用部分の明渡し訴訟を提起され、さらに、原告らは、平成29年3月3日に行政訴訟の2次訴訟(平成29年4月以降に関する不許可処分の取消、許可の義務付け)を提起しましたが、先の2つの裁判は最高裁まで争った末、平成31年までに敗訴して確定し、平成31年時点では、2次訴訟だけが継続し、その2次訴訟を1次訴訟と同じ裁判官が担当したため、原告らが裁判官2名を忌避し、公判期日が開かれないという異例の事態が続いていました。 弁護団・原告団は、先行訴訟が敗訴で確定したことと、原告らの占用区画で中津高架橋の耐震補強等工事が開始されないまま長時間が経過している事態を考慮し、裁判所及び大阪市と協議を重ねた結果、大阪市から、高架下の維持管理への貢献に関する一定の配慮を受けつつ、自ら高架下物件を解体撤去し、大阪市に明け渡した上、訴えを取り下げる形で終了しました。進行期日調書には、「被告代理人は、原告らの中津高架下地区における長年の貢献と本件工事を円滑に終了したことに感謝する。」と記載されています。 ご協力、ありがとうございました。
2019年4月5日 | カテゴリー:新着情報 |