民事判決の確定
2016( 平成28)年10月19日に門真市の自宅で就寝中の父子4名が外部から侵入してきた面識のない20代男性1名に、次々と短刀で刺され、父が死亡し、子供3名が重傷を負わされた殺人事件です。この事案の民事訴訟において、令和4年10月25日、刑務所服役中の加害者及びその実母(被告S)に対する被害者側の請求をほぼ全面的に認める判決が言い渡され、被告側の不控訴によって確定しました。
弁護士八木倫夫は、同事件の刑事裁判の前に被害者の川上さんらご家族から相談を受け、犯罪被害者支援活動として、刑事裁判の被害者参加代理人を務め、刑事裁判の控訴審(懲役30年、限定責任能力)の判決後、民事訴訟の代理人として、犯人の小林被告及びその実母(被告S)の両名に対し、損害賠償請求訴訟を提起しました。
事案の概要は後記(提訴時の説明内容)のとおりです。この判決は、精神障害者の治療及び犯罪防止との関係で、次のような極めて重要な意義を持ちます。被害者ご家族の要請もあり、この判決を紹介します。
1 精神疾患の治療と犯行の関連性、治療によって、犯罪を防止できる場合が相当あること
統合失調症を含む精神障害を有する犯人が、複数の被害者を殺傷する痛ましい事件が後を絶ちません。
このような事件の民事・刑事の判決を検討すると、特に加害者が統合失調症の事件では、加害者が適切な治療を受けず、病状が急速に悪化した時期(急性期)に犯行を起こしている例が多いことが分かります。
本件でも、加害者は、事件の約2年前の2014年12月に、自分が組織に迫害されているとの被害妄想に基づき、見知らぬ通行人を追い回す等したことを契機に、精神科病院を受診し、統合失調症と診断され、医療保護入院となり、約3か月の入院治療で病状が軽減し、2015年3月に退院したものの、治療を怠り、約1年半後に病状が急激に悪化していた時期に本件犯行を起こしており、適切な治療を続けていれば、事件を防止できたと考えられる事案でした。本件では、原告が依頼した精神科専門医も、加害者の診療記録を含む刑事・民事の全記録を検討し、そのような意見書を作成されました。このように、精神疾患を適切に治療することによって、犯罪を防止できる場合が相当あります。
2 精神疾患の治療・看護の方法として、精神科専門医、訪問看護、精神保健福祉士等の他職種が連携し、在宅での治療を支援し、維持させることが有効であり、望ましいこと
本件では、医療保護入院における約3か月の入院治療は、病状を大きく改善させ、退院後、定時制高校に入学したり、アルバイトを開始するなど、社会復帰できるまでになっていました。このように、統合失調症の治療は有効であり、このまま通院治療を継続していれば、病状が悪化することはなく、事件を起こさなかったはずでした。しかし、加害者は、退院後、時間と共に通院及び服薬を嫌がり、退院から1年後に通院しなくなったため、急速に病状が悪化し、約半年後に事件に至りました。加害者の主治医は、在宅治療を維持させるべく、保護者である実母(被告S)に対し、訪問看護士及び精神保健福祉士が自宅を訪問し、治療・看護をサポートすることを提案しましたが、実母は、これを拒みました。そして、加害者が通院を拒み、自室に鉈等の凶器を保持し(実弟が発見)、自宅で暴れたり大声で叫ぶなどしても、医療機関に相談することもせず、放置したため、無治療の状態が続きました。主治医の提案が受け入れられていれば、通院治療が維持されるか、そうでない場合、加害者の服薬状況、凶器の所持、奇異な言動等が医療機関に伝わり、医療機関側の働きかけにより、通院再開となるか、再度の医療保護入院又は措置入院がなされたはずでした。
3 精神疾患の患者(加害者)の保護者・看護者がいる場合、その協力は、必要不可欠であり、義務であること
本件では、医療保護入院によって病状が改善した時点で、任意の入院を継続することが望ましかったのに、加害者の保護者である実母(被告S)において、治療費の支払いを拒み、生活保護等の手続きも取らず、在宅での治療・看護を引き受けたことから、在宅での通院治療に切り替わりました。
しかし、実母は、自宅でやっていた飲食店の経営及び男性関係を優先し、自宅に居住させている加害者とは、LINEで連絡を取り合い、食事を加害者の部屋の前に置いて提供するだけで、加害者の部屋に立ち入ることをせず、途中からは、顔を合わせることも全くなくなり、加害者が通院を中断しても医療機関や保健所に相談しないなど、放任状態でした。加害者が奇異な言動を発するようになっても、静かにするようLINEで叱りつけるだけでした。
事件後に判明した情報も総合すると、本件では、加害者は、通院を中断した前後頃から、頻繁に外出し(行き先不明)、鉈・鋸・斧・短刀等の凶器を自室に隠し持ち(その一部を実弟が発見していた)、人を殺害する方法をインターネットで調べることを繰り返し、自宅内で、妄想上の迫害者に対し、大声で怒鳴ったり、自宅内を刃物等で損傷したり、水浸しにするなどの異常行動が増え、近隣住民もその物音を耳にするような状況でした。
加害者が医療保護入院した医療機関の主治医は、加害者が治療を中断すると、病状が悪化し、他害行為に出る可能性があると予告し、実母にもその旨を伝え、治療継続を指導していたにもかかわらず、実母が何ら対応しなかったため、本件犯行まで、医療機関や保健所等が介入する機会がなく、本件に至りました。本件では、加害者の病状悪化に対し、実母が医療機関や保健所等に相談するだけで、医療保護入院又は措置入院が行われ、事件が防止できた状況がありました。
事案にもよりますが、本件のように、保護者・看護者の協力は不可欠であり、それによって重大な犯罪被害が防止できる場合があり、そのような場合、保護者・看護者に対し、公的なサポートを十分に提供すると共に、最低限の保護措置(通院の説得、医療機関等への相談・通報)を果たすよう、義務付ける必要があります。本判決は、そのような法的な義務があることを認め、損害賠償責任を認めた点で極めて重要です。
提訴時の説明内容
3年前に発生した痛ましい事件です。刑事裁判で小林被告は懲役30年の判決を受け、最高裁に上告中ですが、近い将来、却下され、確定すると考えています。刑事判決では解決できない様々な問題があり、ご家族の依頼で提訴しました。以下、訴状から引用します。
第1 事案の概要
1 本件は、平成28年10月19日未明、原告らには全く面識がない被告小林が亡川上幸伸の自宅に侵入し、就寝していた幸伸(亡幸伸)、長女、次女、長男ら家族4人を次々に、短刀で刺すか切るかし、うち、幸伸を執拗に突き刺し、その場で失血死させたという4名に対する殺人事件(3名は未遂)であり、世間を震撼させ、広く報道された。
2 被告小林は、大阪地裁で懲役30年の実刑判決(限定責任能力)を言い渡され、これが控訴審でも維持され、同被告が上告中であるが、動機を黙秘し、荒唐無稽の弁解を重ねるなど、何ら反省していない。
3 他方、被告小林の本件犯行は、統合失調症の無治療による重症化の過程で発生している側面があるところ、被告母は、被告小林の実母として、同被告を自宅で扶養しつつも、被告小林の治療に関し、精神科病院の支援ないし助言を受け入れず、無治療を放任するなど、被告母の行為が本件発生に寄与しているにもかかわらず、原告らに対する何らの説明も謝罪もない。
4 本件同様、精神疾患の患者が、適切な治療を受けず、病状が悪化した状態で、悲惨な殺傷事件を敢行する例は後を絶たず、その背景には、本人又は家族等の同意がなければ、自治体等において、精神科疾患の患者の治療への介入が困難であるという精神医療の制度上の問題もある。
5 原告らは、被告両名に対し、反省及び被害弁償を求めると共に、同種事件の再発を防止すべく、社会に問題提起する目的で、本提訴をする次第である。